1953年 11月19日にこの世にうまれる。
ボクの萎縮した人生感を語ろう…
幼少の頃の僕は、一人で遊んでいるのが、わりと好きな方であった…
しかし、団体とか組織の中で生きることは比較的苦手な方であった…
しかし、群れを創る構想もすきではなかった。要するに貧欲な生活で満足していた…やりたい事も無く、好奇心も薄い呑気な人間であった…
そんな僕にも四つ下の弟がいた。しかし、親の勝手な相談で、母方の弟夫婦に「跡取りが欲しい」と嘆願され、養子ではなく実の子として籍に入れたのでした。弟は戸籍上の従兄弟とされていたのでした…
しかし、月日が流れ、僕が小学校の四年生の頃、父の交通事故により その人生は一変してしまった…
未だ右も左も分からない鼻垂れ小僧の僕に、父親の酒が招いた交通事故、と言っても被害者であるが、相手の車のライトで目が眩み5m程の谷に墜落…
脊髄挫傷…旭川日赤にて2度の手術!
貧乏農家のありさまで、このままじゃ目先も暗くなってしまうだろう…
従って、僕は父の重い重圧のために大嫌いな農家を継ぐことになってしまった…
肩や弟の方は田舎から街に親子共々引っ越し、中学校から始めた器械体操に誰からも認められる優秀な選手候補に挙げられる人物に変貌していた…
僕の生き様とは光と影である…
ところが、ある日を境に、弟からの母への中傷が始まったのでした…
それは おそらく駆け巡って来た人生の中で、置き去りにしておいた悲しみが再び蘇ってきたのだろうと思う…
弟は天涯孤独の身である…
僕の方は、何でも相談出来る姉さんや姪っ子、甥っ子のそして義兄 勿論僕には妻や娘がいる。
しかし…弟には…
先を案じたのであろう…
弟は、六年前に孤独死した…
世の中どう反転するものか分かりません。
始まりから最後までには色んな環境では終わらないと言う事を知った…
今、振り返ると 僕の生き様は 行きづらかったが 小さな幸せで満たされている。これが本当の豊かさなのかもしれない…
後、どれくらい生きられるのか分からないが、生きて、生きて、生きて 愉しみたい…
by美樹生
2コメント
2020.12.26 01:24
2020.12.26 00:52