Iam 美樹生

1953年 11月19日 北海道旭川市に生まれる

小中学校は地元の学校で過ごす。

高校も旭川高専学校へ進むが途中思うことがあり2年の高校修了の過程をへて北海道大学へと新たに入学する。農学部へ行く。

在籍中に音楽に魅了され在学中にバンドを組んだりソロで歌ってみたりと魔がさしたかのようにドップリハマってしまった。

右も左もわからぬままに身の程知らずに東京へ向かう。挫折の日々を過ごしていたところに1人の女と出会い同棲生活が始まる。と言うか、完全に養わられていた。

そんな折、親の訃報の知らせが舞い込んで来た。叔父からであった。僕が22歳になる前の出来事である。

実家は農家である。と言っても殆ど法人化された会社のような農業である。👩‍🌾

反対を押し切って家出同然のようにして出た手前、意地を張り通して居たのだろう。

女に北海道へ「行かないか」と言ったが首は横に振った…。この時彼女には深刻な自体が進行しているとは、ついとも知らなかった…
癌である。子宮癌。今思えば終活に僕を選んだのかも知れない。田舎の何も分からない甘い坊ちゃんな僕を…。

ミュージシャンを目指す者は、どこか現実離れした所があり、夢の中的な所も垣間見見える。しかし、生きている場所はリアル現実なのである。挫折はその間の摩擦から生まれる
それを気づかないと溺れるだけである。

プロになってヒットが出ないのは夢から産業音楽に成るからである。もし、プロになってヒットの連続でも成れば、それは少し嘘っぽくなる…受付嬢の営業スマイルと全く同じだ。営業とプライベートをハッキリさせている芸能人がいる。カメラが回っていないと笑顔にならない。プライドの高い人間になったつもりでもしているのかな?笑ってしまう話しだが現実だ。

話が逸れてしまった。帰郷した僕は休学中の大学に戻り一心不乱に農業の農産物栽培技術、営農、貿易、社会構成などありとあらゆるものをギュウギュウ詰にした。

一時は東京ドーム100個分の耕作を営んで居た。現在は世代交代によりその座を後継者に委ねている。実は持病が悪化したためが一番の原因だ。COPDと言う厄介な病で現在も闘病中である。

今の現状において世界の動向は非常に先の見えない状況が続いています。突然に変わる株価の動き…慎重に進行していくしかないのが実際のところであろう。

これは世界のTOPリーダーが齎す私欲合戦が悪い方向へと導いているのがそもそもの原因だろう…。

こうして今の僕は音楽を通して、音楽とは無縁の世界に浸っている。音楽では成功までの道は開けられなかったが、類似するところは数多くある。人の尊い心を知ると言う術を学び現在に生かされている。もし、音楽で好い思いをすれば、そこに居たのかも知れない…
だが…道標が僕に伝えてくれた。「お前の行くべき道はこっちだよ」と…。

東京で暮らした女が、両親が、道標になってくれたこと深く感謝いたします 🙇

以後、宜しくお願い申し上げます

美樹生

美樹生の窓

【日常のblog】 北海道の片田舎に住むシニアの独り言を語って居ます。幼少の頃から引っ込み思案で中々前に出ないで いつのまにか大人…COPDと言う厄介な持病を抱え農業をリタイア…しかし、立ち位置が変わって見えてきたものもある 果たしてこの先の人生をどう読む…あなたと一緒に考えたい☝️

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