第6章

初めての入院が、こんな大ごとになるとは思いもよらなかった。しかし、自分では入院中に気もしっかりしてきて「治る」と信じていた。入院中、主治医からは「1週間の予定です」と聞いていたので1週間になる前日に荷物をまとめて入ると看護士さんが「え?何をしているのですか?」と聞くので「明日、退院なので」と答えた。すると看護士の言う事には「1週間、様子を見ましょうと言う風に聞いてましたが?…」と言い返してきた。「確認をとってくれ。呑気にしてられないんだ」と多少イラついた返事を返した。「確認をとります」といって去った。

やがて1時間も経っただろうか…主治医と看護士が再び登場。「○○さん、約束して下さい。労働ワークは禁物です。最低でも年内はおとなしくしていて下さい。それを厳守の上で退院を許可します」と待望の隊員である。
しかし、その前から3日に空けては「退院」を迫っていましたから(笑)f^_^;)

やがて我が家へ…2011年8月の暑い日であった…。今、思い返すとあの時発見してくれなかったらどうなっていただろうか⁇…夢遊の中で見た、あの2つの鉄の扉のもう1つの方はどんな扉の中だったのだろう…と経った1週間がものすごい速さでたくさんの出来事が駆け抜けて行った…。

その年は難なく無事我が家の力量で事足り無事秋の収穫がおわった。
体調も頗る良く以前の様に過ごせれてる、いや寧ろ返って今の方が良い、そんな感じだ。

やがて長い冬が過ぎ、農業の一番忙しい開墾期に差し掛かる。仕事も日増しに忙しくなり準備や播種や田畑の開墾が始まる。
春作業のピークを迎える4月前半…その頃から身体が悲鳴を上げてきていた…しかし、社員には言わず必死に堪えていた。
普通、「代表なら社員には任せて休んで居ればいいのに」と言う発想だが、この農業法人を営む自分の社員は研修生の様な人間が殆どで、よく分かってない人材が殆どである。
僕が先を行かないと分からないのです。

一年を通して一番忙しい時期のこの春の開墾は、農家にとって長閑な小春日和を楽しむ余暇など全く無く、むしろ猫の手も借りたいほどの時期に当たるのだ。
第1の難解を制圧したのは田植えの終わる5月末であった…。このころには、可なり身体に来ていて、気が遠くなる事もしばしば…。
何とか秋の収穫までは…と手に握りこぶしを強く握っていた…。
以前通っていた開業医の病院へ再び通い始めだした…。自体は重くなっているようだ…。

クスリで何とか凌ぎ収穫の秋に入って来た。
倉庫内で稲の収穫前に出荷する野菜に追われている時…とうとう…息絶えた…。
2回目は救急車ではなく妻に乗せてもらい
先ず通院先で旭川医大への紹介状を書いてもらい医大に出向く。診察をするが速攻入院になってしまった…。気になるのは稲の収穫である…。ただそれだけが気重で頭の中で思考回路がグルグルと回っていた…。

次回へ続く
美樹生

美樹生の窓

【日常のblog】 北海道の片田舎に住むシニアの独り言を語って居ます。幼少の頃から引っ込み思案で中々前に出ないで いつのまにか大人…COPDと言う厄介な持病を抱え農業をリタイア…しかし、立ち位置が変わって見えてきたものもある 果たしてこの先の人生をどう読む…あなたと一緒に考えたい☝️

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